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025.Y-park (O-range / VJ ) 2007.06.11. |
いつもユウキ店長のコラムの更新を心待ちにしているLOOPネットユーザーの皆様、はじめまして。 毎月第三日曜日サンデーアフタヌーンパーティー”O-range”でVJとDJをしているURBAN SOUL RELAXのY-parkと申します。 LOOPコラム初のVJによる寄稿ということで、、VJからみた音楽と映像の関わり合いをVJ入門的な感じで書いてみようと思います。 普段僕は、クリエイティブスタジオと音楽スタジオを運営しています。 クリエイティブスタジオとざっくり書いてしまいましたが、だいたい音楽に関わるプロジェクトとかが多くて、グラフィック、音楽PVとか、新人歌手のディレクションもしたり、イベントオーガナイズもするし、こういった活動スタンスの中にVJが存在するという感じです。音楽スタジオのほうは、1973年から続く老舗のプロ用リハスタを僕が二代目として継いで、いろんなアーティストの方と交流させていただいています。LOOPにはO-rangeのスタッフとして関わらせていただいたことに始まり、LOOPSESSIONのリハとかでうちのスタジオとお付き合いさせてもらったり、LOOP SOUNDSからリリースされたTitonton presents "Cosmical Rhythm"(LOOP-004) というコンピに同枠されたDVD映像を手がけたり、06-07のカウントダウンパーティーのときにVJで入ったりと、ほんといろんな形でクリエイティブなプロジェクトに参加させていただいてます。制作とかをしているときのプロセスも居心地のいいやりとりできて、やりやすいです。 まーこんな感じで常に音楽とビジュアルの狭間にいるような心地で、全て同じ感覚の中に放り込まれた感じ。VJと並行してDJとしても活動しているのですが、元々こういったスタンスを所望しようとおもったきっかけは2002年当時のクリエイティブシーンの動向に反映されていたりします。 ポストモダン以降のムーブメントの流れとして、メディアアートが最ももてはやされていた当時。現代のメディアやテクノロジーの現状に結びつけられてメディア抽象化して表現と形式を解体/再構成するといったアートフォームであるメディアアート。投げかけられる問題意識は現代美術のそれとは違って、メディアやテクノロジーが加速度的に進化している現代において、否が応でもライフスタイルがそれに左右されたり、リアリティのある社会で、いろんな不安もある中で、そういった現状に対してメッセージを提示する。だからとても興味深いものでした。 メディアの持つ価値、それぞれが固有のメッセージを持っている。音楽の持つ価値、映像の持つ価値。VJもひとつのアートフォームであって、複数のメディアを取り扱いながら音楽から映像にメディア変換を果たして行く、抽象化と再構築が実時間軸上に即興生成していく行為そのものがVJ だと考えます。現代美術の文脈とはズレたところにあるかもしれませんがメディアアートを用いてVJをこう解釈しています。 テクノロジーの進化という部分で、クリエイターにとっても大きな変化の起きている時期。今まで頭の中のイマジネーションを形にするというのは容易な事でなかったと思います。経済的な面においても技術的な面においても。しかし今では、PCひとつで画像、テキスト、映像、音楽が容易に扱えてきて、ツールもだいぶ安くなってきた。この状況の変化は当たり前のようで、じつはものすごく革命的。しかも革命前夜にまだ学生であった僕にとってはそれから先のことはとても見えやすいビジョンでもあって、何か一つの事に絞る必要がなくて、思いのままにイマジネーションを形にできる、音楽も映像も同時に扱う事が困難な時代じゃなくなっていく。むしろこれからの世代はメディアという性質はとらえながらも、メディア自体に左右される事がなくなって、あらゆる表現が等価に扱われていくんじゃないだろうか。 こういうバックグラウンドを持つクリエイティブシーンを目の当たりにしたからこそ、今の自分の活動スタンスがあるようです。 ごく当たり前にインプットして別のメディアに変換してアウトプットする。この作用そのものがVJの本意であるからこそ、VJというアートフォームは常に興味深い、そして常に新しい。 VJそのもののルーツというのはまた別のところにあって、30年前くらいからステージ演出、照明のひとつとして生まれたのが根源らしいです。OHPで様々な絵柄を投射するというところからスタートしたといわれています。 テクノロジーの進化によってVJはまた別の解釈を持って、新しい概念を獲得できたアートフォームだと思います。僕はメディアアートとテクノロジーの進化を用いた上で、こう捉えています。 クラブVJは映像作家の意識する映像の作品とは違い、音楽ありきなジャンルだと思います。クラブカルチャーの文脈に位置した状態でなければありません。音楽があって、場があって、人がいて、成り立つ。それを意識するからこそVJは映像ありきの自己完結した芸術様式ではないという事です。 具体的にそれをどう表現するか?と言ったときに、手法は様々なのですが、僕個人の表現手法で言えば、だいたいクラブミュージックのフォーマットというのは展開が決まっているものですから、A,A',break,AみたいなことをDJが曲をつないだ瞬間に頭で先読みというか想像して(現場が長いのでけっこう曲はわかることがおおいのですが)、そして曲の雰囲気にあわして、キックに同期した映像ループをレイヤー1に、ウワモノにイメージした映像ループをレイヤー2にという具合に、各音色に対応した映像素材を映像ソースから引っ張ってきて、それをヒューマンクオンタイズで音の展開にあわして、映像素材を出し入れしたり重ねたり、エフェクトかけたりしていきます。僕はいつも1曲に対して映像レイヤー6、7つ重ねながら構築します。BPMと映像の同期は、僕は機械には依存しないで、自分の手で、手動で展開します。このほうがより頭で描いたイメージをアウトプットしやすいから。例えばこういったことを考えながらクラブでいつもプレイしているわけです。常に頭の中に音楽が入ってきて、そのイメージを映像に変換していく即興演奏です。これが僕の考えるVJのスタイルですね。こういうことをPC、ビデオミキサー、iPodとかを駆使してやってます。 異なるアートフォーム間にある境界線をトレースする。メディアのそれ自体が有している意味、表現と形式を分離、解体して聴覚から視覚へと知覚を変化させていく。それらひと紡ぎの体験として結合させます。 VJってクラブの現場からみてどうなんでしょう?。ただの飾り?、あれば目立つとか、アーティストのクレジット用にとか、、DJが主役であるのは間違いないことではあるから、こういう捉え方でも別に問題はないと思います。でも意識を変えて物事を別の視点から見てみると新たな価値が生まれてきます。ポジティブな方向になるのなら多少屈折していても構わないかな。 カウンターカルチャーに身を置くからこそ、世の中で一番エッジで質の高いことをしていたいというのをいつも考えます。飛び抜けたって出る杭であっても、それが楽しければいい。クラブカルチャーはいつも新しい何かを与えてくれる。僕もそれに少しでも貢献できれば、と思います。 6/17sun_O-range@LOOP #73 VJ specialと称して、いつもより少しばかりプラスαな映像演出で開催します。 O-rangeは僕のVJに対するスタンスを受け止める事ができる唯一無二のパーティー。毎月第三日曜日にやっていますので、よかったら呑みにきてください笑。 <URBAN SOUL RELAX by WAKITA STUDIO S.C.P co.,ltd.> http://blog.urbansoulrelax.under.jp http://myspace.com/urbansoulrelax http://www.studioscp.net |
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