“ 夕涼みとかいってるバヤいでないよ。”

ある晩秋、隣の学区のスーパー”スヤマ”の二階カラオケボックスにてザ・ブルーハーツを、
岩盤付近の硬い地層から赤土を通過し柔らかな地表付近へと突き上げるかの如く熱唱していたマイメンK。
マイメンKのソレはあくまでも、地表から宇宙(そら)へとのびてゆく声域ではなかった。
すでにネクタイはブレザーの背中へと回り、首筋からは無数の血管があらわにむき出していた。。。。
カラオケが嫌いだと断ったものの、熱唱し、おびただしい友人からの罵声を浴びたK。
※“キモ・ジャパン”に見事一位通過、その後、弘法大師様も肝をお潰しになる、
様々な具合の悪くなるやうな偉業を成し、警視庁へ。
思えば、あの時、靴下に砂を詰めた”鈍器”で後ろから殴りつけていればKも楽になっただろうに、、、、。
国家の犬に成り下がらなくても済んだだろうに。。。
合掌。


キモ・ジャパン・・・・地元の奇特な友人同士の間で過去に存在していた非営利団体。
主に体育の授業などで見受けられる、サッカーの最中の興ざめなシュートや行い、
水泳の期にあらわになる具合の悪くなる乳首や乳輪を持つ者は入団確定となった。活動は多義にわたり謎に満ちている。
例・・・弊店、シオノヒロミは”キモ・ジャパンランキング”現在一位に御座います。


夏もすでに遥か太古の事の様にただ、ただ慌ただしく過ぎてゆく秋から年末。
思考回路も秋からの気温の低下とともに少しずつ鋭さを増し年明けと共に、
あたかも思考のマスターベーションの過剰な頻度によって思考の男性器のカリの部分が穿たれ、
らっきょうの如き形成を成す年末、年始。
穏やかな年明けとうだる思考回路。

秋というヤツは夏の足下から序々に這い出し、弊店のフロントに暖房器具の設置を迫り、いつのまにか冬へと移行させてしまう禿頭な鷲鳥に御座います。
夏の余韻に浸る暇も与えられず、その鷲鳥に自身の五臓六腑を生きながらにしてエグられる心境に御座います。
私自身の禿頭とはなんら関係御座いません。

逆説的にみれば、イベント事、盛りだくさん、低気温、冷気、共に二人の距離を縮め深みを与える季節とも考え、現在の皆様、そして自身に伴侶となる貴女が居おうが居まいが、裸足で夏に入った海へこの時期手を取り、飛び出し、入水自殺と勘違いされても、鼻で笑える季節にしたいものです。

そんな、入水自殺、いやこの季節にぴったりな曲紹介。




夢の中で会えるでしょう 作詞:高野寛 作曲:高野寛



http://www.youtube.com/watch?v=hVwRiLfZHw0

今、現在、逢えないのであれば、夢の中で逢ってしまおうという牧歌的、アメリカ文学的試み。または、秋もまた春眠の如き寝心地の良さをはらむ季節ですので、考えることなく寝ましょうという自身的見解。
酔どれ文学とは対局に値するハイセンス(死後)な高野寛の詩は巷にはびこる自身が愛して止まぬCITY POPをもBGM程度にしてしまう説得力が御座います。

愛の言葉選びぬいたなら
僕は君に向け 手紙を書くから
君の忘れ物 青い色のペンで
花のような君 想い出しながら

”青い色のペンで”手紙とは何年か前の夏号に雑誌F&Eにて特集されていた片岡義男の「マーマレードの朝」に通じる事象である。
ソレについては恋人に宛てて綴ったペンは”ペリカンの万年筆”でインクはブルーであった。
やはり90年代前期は今日(こんにち/キョウビ)のわけのわからぬ、絵文字という思わせぶり要素をたっぷり塗った味気のないトースト的なメールではなく、まだ”筆跡フェチ”はびこる、文と書体(ペンによるフォント/誤字や脱字/癖字を含む)重視の変態的世の中であったか。
歌詞中”花のような君”の花はなにを思い浮かべるであろう、弊店営業中そっと店長に耳打ち願いたい。
周知の通り変態である自身の想い浮かべる花は”かすみ草”である。
昇天。



21世紀だというのに、弊店に勤務していた元バイトFは地元島根にて4、5年「文通」という通信を用いて
現在も続く彼女を射止めた紛れも無い変態である。
合掌。


夢の中で逢えるでしょう 高野寛&キング・トーンズ
http://www.youtube.com/watch?v=RjL87omwiUk

こちらの方がオリジナルに近いそうです。
例の歌詞もこちらで。。

それにしても、高野寛&坂本龍一の共演もすごいが、我が性旬の土曜ソリトンSIDE-Bでの緒川たまきはいい、、、、。
ピアノの後ろで佇む緒川たまきにしか目が逝かないのは私だけであろうか。。。。
2009.11.17